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 5    第4話 聴かせたい歌
 
 
 汗にぬれた茶髪を振り乱して、1人の少年が楽屋に入ってくる。蒸し暑い真夏の夜に、あふれる熱気を浴びながら力一杯ドラムを打ち鳴らした後だ。手近な椅子に疲れきった体を預け、彼は天井の向こうの何かを眺めていた。
 「おい、今日入った人数、今年で最高らしいぜ!」
 「今年で?マジかよ!?」
 落ち着く間もなく、そこへ駆け込んできたもう1人の少年の知らせに彼は飛び上がった。人数とはもちろん彼らのライブにやってきたお客さんのことだ。
 「ああ、ねこさんが言ってたぜ・・・。やっぱ今日は新曲が効いたよな!」
 「そうだな、この夏でもっと伸ばそうぜ・・・」
 2人は興奮気味に話し合った。と、そこへ長い黒髪の少女が颯爽とやってくる。
 「おつかれ!今日の人数すごかったんだってな?」
 「千恵!おつかれ、今その話してたとこだぜ!」
 シャワーを浴びてまだ少し湿っている彼女の髪は、いつものように1本にまとめられてはいない。
 「確かに今日は、熱かったよなぁ・・・。それで新曲はどうだった?」
 「俺は、あれでいいと思うぜ!客も待ってたみたいだしな。千恵もいつも以上にのってたよな?」
 「ま、まあな・・・そりゃ新曲だからさ!」
 千恵はそう言ってごまかした。
 「俺も満足だな。なあ、明日も練習しないか?他の曲もさ・・・」
 「いいぜ、明日は暇だしな・・・。千恵もいいだろ?」
 「わ、悪い・・・明日はちょっと・・・」
 盛り上がった雰囲気を冷ましてしまうようで、言いにくそうにする千恵。
 「何だ?珍しいな・・・。あっ、もしかしてまたあいつが来るのか?中学のときに千恵が連れてきた・・・」
 「えっ?えーと・・・まあな・・・」
 「マジか?じゃあ一度会わせてくれよ、この前は俺らとすれ違いだったんだからさ・・・」
 その少年は3か月ほど前、まさにこの部屋にやってきたのだが、彼ら2人だけは先に帰ってしまっていたのだ。
 「そ、そんなに会いたいのか?」
 「ああ、あいつのおかげで学校で最高のライブをやらかせたからな!」
 「そうそう、今までで一番だぜ、あのライブは・・・」
 「お前ら・・・」
 あの時2人が自分と同じくらいの感動を味わっていたことがわかり、千恵は素直にうれしくなった。
 「しかたねえなぁ・・・。そのかわり余計なこと言うなよ?」
 「大丈夫だって!邪魔はしないからさ・・・」
 結局そんなふうにまとまってしまうのだった。
 
 「じゃあ明日な!」
 「ああ・・・」
 2人が帰り、楽屋には千恵だけが残される。
 (・・・まあどのみち、することもなくて困ったんだろうけどさ・・・)
 3か月前は少年が突然ここに来たから逆によかったのかもしれないが、改まって彼と会うとなるとどうしても緊張してしまう。千恵は彼と初めて出会ったときからそうだった。
 (でもそんなのじゃだめだよな・・・。せっかくまた会えたんだからさ・・・)
 ちょうどギターが手元にあったので、千恵は少年のために作った歌を口ずさんでみた。彼への気持ちをのせたラブソングだが、今はどちらかというと千恵自身のための歌かもしれなかった。
 (いつかは聴かせられるよな・・・あいつに・・・)
 不安になるたびにひとりでこの歌を歌い、自分にそう言い聞かせてきたのだった。ひととおり弾いたところで、そっとギターを止める。
 「そうだな、明日は駅まで迎えに行ってやるか・・・」
 彼女はそうつぶやいてから、髪をくくって部屋を後にした。
 
 
 「悪いね、別の場所でもよかったんだけど・・・」
 「いいよ、ここの方がみんなで話しやすいしね」
 翌日、彼女が少年を連れてきたのはやはりこの部屋だった。楽屋とはいえほとんど千恵たちの私室のようになってしまっている。
 「それにいろいろ思い出すこともあるし・・・」
 少年、直哉は散らかった楽器やら服やらを見ながらそう言った。
 「そうだね・・・。それにしてもあんたが覚えててくれてよかったよ、あの時のことをさ・・・」
 「いや、うれしいのは僕の方だよ。みんなが会いたいって言ってくれるなんて思わなかったから・・・」
 「まあ、あいつらもたまにはいいこと言うからさ。今日はちょっとだけ付き合ってやってよ・・・」
 千恵は少し得意げに笑った。
 「うん。でも千恵にも話したいことがあるんだ・・・」
 「えっ?なにさ、急にあらたまって・・・」
 「その・・・実は千恵に・・・」
 だが彼の口より先に、部屋のドアが勢いよく開いた。
 「ちいっす、おふたりさん!」
 「わっ、なんだ、もう来たのかお前ら・・・」
 直哉の言葉を待ち構えていた千恵は、驚きながらもほっとしてしまうのだった。
 「あっ、久しぶり・・・」
 「おう・・・。あんまり変わってないみたいだな!まあ俺らもあいかわらずだけどよ・・・」
 バンドの2人と直哉はすぐにお互いのことがわかった。
 「でも俺ら、あれからかなりメジャーになったんだぜ?昨日も客の数が今年最高でさ・・・」
 「そうなんだ!すごいね、もうデビューできるの?」
 「そりゃあまだだけど・・・やっぱり俺らの目標だからな!なあ千恵?」
 「あ、ああ・・・。そうだな、前は夢みたいなことだったけどさ、今はほんとにできそうな気がしてるんだ・・・」
 彼女も気を取り直してその話に加わった。
 「がんばってるんだね・・・。またみんなのライブに行きたくなってきたよ!」
 「ああ、いつでも来てくれよな!それよりお前も千恵の彼氏をがんばれよ!」
 「う、うん・・・」
 「お、お前なあ、いきなり話を変えすぎだぞ!余計なこと言うなって・・・」
 直哉の返事に千恵は赤くなる。
 「まあまあ、俺らは単に応援してるだけだって!別に2人が付き合ってもおかしいとは思わないしさ・・・」
 「うん、千恵もちょっと女らしいとこあるしな!ほらほら、今日はいつもとリボンの色が違うだろ?」
 2人は千恵が怒ったと思い、急いでフォローしようとする。
 「そうなの?」
 「えっ?まあ一応・・・」
 「それになんだ、関係ねえけど・・・案外甘いものとか好きなんだぜ?」
 「好きなの?」
 「えーと・・・」
 なぜか直哉のフォローもあいまって、話題はそのまま千恵のことに集中していくのだった。
 
 「ふう・・・あいつらもおしゃべりだよ、まったく・・・」
 仲間2人が引き上げた後、千恵はため息をついた。
 「でもあの2人は、千恵のことよく知ってるよね・・・。僕なんか全然知らなかったのに・・・」
 直哉は気を落としていた。1時間ほど話しただけで、2人から教わったことが覚えきれないほどたくさんある。これでは千恵と初対面だったと思われても仕方ないくらいだ。
 「そ、そんなこと気にするなよ!あいつらとはバンドやってきたんだからさ、当たり前だって・・・」
 彼が自分とあの2人を比べてしまっている気がして、千恵は慌てる。
 「あいつらだって、一応彼女がいるんだし・・・。だからあんたは・・・その・・・」
 彼女は自分が言おうとしていることに恥ずかしくなってしまった。
 「そうじゃないんだ。あの時別れてなかったら、僕ももっと千恵のことを知れてたと思うから・・・。今日はそのことを千恵に謝りたかったんだ。あんな別れ方をしたことと、千恵の歌を聴いてあげられなかったことを・・・」
 「あ、謝るって・・・」
 どう言っていいかわからず、千恵はうつむく。直哉は彼女が気持ちを整理するのを待ってあげた。
 「でも・・・あれはどうしようもなかったんだろ?そりゃあ、あたしもショックだったけどさ・・・。あんたが謝ることはないよ・・・。それに今、あたしの前にいるじゃないか?あたしはそれがうれしいから・・・」
 千恵はそこまで言ってまた赤くなる。
 「千恵・・・ありがとう。僕もうれしいし・・・今からでも千恵のことを知りたいって思ってるんだ。・・・そう言ってももういろいろ聞かされちゃったけどね」
 直哉は笑った。やっと千恵としっかり話ができた気がしたのだった。
 「し、知りたいって言われてもなぁ・・・。あたしは、とにかく歌が好きなだけだよ。それはあんたも知ってるだろ?」
 「うん・・・やっぱり千恵といえば歌だよね。・・・そうだ、あの時聴いてあげられなかった歌、よかったら聴かせてくれる?」
 「えっ・・・」
 その話になると予想してはいたものの、千恵はドキリとする。部屋のすみには、昨日その歌を弾いたばかりのギターが立てかけられているのだ。
 (でも・・・今はまだ・・・)
 彼女はそのギターを見ることができなかった。
 「・・・ごめん、あつかましかったかな・・・」
 「あっ、いや・・・別にいいんだけどさ、忘れかけてるところもあるし・・・。もっと練習したいんだ・・・」
 暗い顔をする直哉に、千恵はまた嘘をついてしまう。どこも忘れてなどいないし、練習なんてもう関係がない。彼女の気持ちの問題なのだ。
 「そっか・・・。じゃあ千恵が、自分で納得できたときに聴かせてくれるかな」
 「ああ、そのときは絶対に・・・あんたに聴いてもらうよ!」
 「うん!でも無理はしなくていいよ、あせることはないから・・・」
 「あ、ありがと・・・」
 直哉の優しい言葉に千恵は救われる。
 「そうだ、あたしの歌はまだだけど、あたしたちのライブにはまた来てよ。それぐらいなら聴かせてあげれるからさ・・・」
 「うん、今日はライブはしないの?」
 「ああ・・・。悪いね、来月のどこかでもう1回来てくれるといいんだけど・・・。夏休みはいつも盛り上がるからさ!」
 彼女はそんな直哉に、なんとかお礼がしたいと思うのだった。
 「ご、ごめん・・・。しばらくは会えないんだ・・・」
 「えっ・・・それじゃしかたないけど・・・」
 「・・・僕、千恵の他にも会わないといけない人がいるんだ。だから・・・」
 直哉は思いきってまっすぐそう言った。
 「そ、そっか・・・。じゃあ・・・あたしは待ってるよ!あんたにも待たせてるからね・・・」
 でもいつかは聴かせられる・・・千恵はそう確信できるようになっていた。
 「千恵・・・ありがとう・・・」
 「いいって!それよりもう終わりにしてさ、どこかに出かけないか?その・・・どこでもいいから・・・」
 彼女はそんなふうに直哉を誘う。
 「わかった、行こうか!」
 2人は何も決めずに楽屋を出ていった。
 
( FIN )
 
 
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 ちょっと原作を読んでいないと分かりにくい所がありますが・・・。「ねこさん」は千恵たちが活動しているライブハウスのオーナーです。今回は仲間2人だけでしたが、千恵はわりと脇役に恵まれていますね。えみるとは大違いです(^^; でも千恵自信が難しいなぁと感じた第4話でした。



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