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 4    第3話 温かな音色
 
 
 「よし・・・いいじゃない」
 誰にともなくつぶやいて、弓を下ろす。もう2時間も弾き通し。アイスティーの氷もすっかり溶けて、ぬるくなってしまったみたい。それでも今の私には、十分冷たく感じられるのだけれど・・・。
 名ばかりのアイスティーを飲み干して、私はまたバイオリンを掲げる。自分でも驚くほど、私はただ弾くことに集中していた。
 今度は絶対、あいつにまともな演奏を聞かせたい。そうでないと・・・
 その続きは分からない。でもとにかく私は3か月前みたいなヘマをしたくなかった。そんな気持ちで、曲のクライマックスを一気に越えていく。できも悪くない。
 「・・・おかしいわね・・・」
 でもなぜか、その後の穏やかな調子の部分でつまずいてしまう。難しくはないはず・・・私は自分にそう言い聞かせてただ練習を重ねていった。
 
 
 「いらっしゃ・・・なんだお前か?」
 「なんだはないでしょう?」
 店に入るなりつまらなさそうな声をかけられる。
 「あっ、お前ら今日から夏休みだな?やけに早いわけだ・・・」
 「そうよ・・・暑いわね、もう少しクーラー利かしたらどうなの?」
 文句を言いながらカウンターに着く。相変わらずの叔父さんに、相変わらずの喫茶店。少なくとも4年前とはほとんど変わっていない。まあ多少私の意見で改善されたところはあるけれど。
 「うるさいな・・・。んなことより今日はずいぶん気合が入ってるじゃないか?何かあるな・・・」
 冷えたレモネードを出しながらひととおり私を眺め、叔父さんは見抜いてくる。そういうことだけには妙に鋭いというか、単に冷やかし好きというか・・・よくわからない人だ。
 「まあね・・・。ちょっと待ち合わせしてるのよ・・・」
 「へえ・・・わざわざ知り合いのいる所でか?」
 「べ、別にいいでしょ?他の場所にしたいのは山々なのよ・・・」
 「でもここしかないか・・・。となると俺は、久々にでかいサンドイッチを作ったりしたほうがいいわけだな?」
 どうやら誰が来るかもわかってしまったらしい。確かにあいつ以外にここに連れてきた人はいないし、ばれるのも当然かもしれなかった。
 「・・・よくそこまで覚えてるわね・・・」
 「まあいろいろあったからな・・・。お前がコンクールの授賞式すっぽかしたりとか・・・」
 「そうね・・・」
 私以外にあいつのことを知っているのは今でも叔父さんだけだ。もっともこの人が信用できるからこそ、あいつとこの店に来たのだけれど。
 「おっと、話をすれば来なさったか?」
 「えっ?」
 私が振り向くと同時に、涼しげなベルの音が来客を知らせた。
 「こんにちは・・・」
 「よう、いらっしゃい!晶が待ちかねてるぞ!」
 「あっ、どうも!晶、もう来てたの?」
 「今来たところよ・・・。まったく、叔父さんも一言多いわよ?」
 「気にするなって。じゃあちょっと待っててくれよ・・・」
 叔父さんはそう言って店の奥に戻っていった。
 「早かったわね・・・2時はすぎるって言っていなかった?」
 「うん、迷うといけないと思って早く出たんだ。よかった、晶も早く来てくれたんだ?」
 「ま、まあね・・・。それよりお昼はまだ食べていないんでしょう?もうすぐ叔父さんが作ってくれるから・・・」
 隣に座った彼の目を見て話しかける。こうして落ち着いて話せるのは本当に久しぶり、なんでもないことなのに・・・それだけで気分が弾んでしまう私がいた。
 「ほんとに?マスターのサンドイッチ、3年・・・いやもう4年ぶりかな・・・」
 私とは逆に彼の声はだんだんと小さくなった。
 「なに暗くなってるのよ、うれしくないの?」
 「いや、うれしいけど・・・もうそんなに経ったんだなって・・・」
 「そうね・・・でも時間がすぎるのはどうしようもないわよ・・・」
 そう言いながら、レモネードに浮かんだ氷を揺らす。
 「それはそうだけど・・・やっぱり晶には、ひどいことしたから・・・」
 「・・・だから?はっきり言ってよね・・・」
 私はグラスを強く握った。うわついた気持ちが私の中で表情を変えていく。
 「・・・遅くなったけど、今からでも謝りたいんだ。晶に・・・」
 「バカ、謝ったって仕方ないでしょ!謝ったって・・・」
 「晶・・・」
 それは一番彼から聞きたくない言葉だった。
 「だって謝るのは後悔するのと同じでしょう?私は後悔はしたくないし、あなたにもしてほしくないのよ・・・。あの時埠頭まで走って演奏したのも、後悔したくなかったからよ・・・あなたのこと・・・」
 怒っていたつもりなのに、急に恥ずかしいものがこみ上げてくる。私は何とか気持ちを鎮めようと、もう一度透き通った氷をにらんだ。
 「・・・そうだね・・・後悔するより、これからのこと考えないとね・・・」
 「そうよ・・・もうあんな別れ方はしないでよ?人と別れるときは、ちゃんと会うものなんだから・・・」
 ようやく冷静になる。明るい気分はどこかへ行ってしまったけれど、私は何か別のものを取り戻せた気がしていた。それにしても鈍感な彼・・・。やっぱり変わっていないみたい。
 「うん、ありがとう晶・・・。そうだ、昼ごはん食べたら、またバイオリンを教えてくれる?」
 「いいわよ、でも弾き方覚えてるかしら?」
 「何を覚えてるだって?こいつの味か?」
 そこへオープンサンドとカフェオレを持った叔父さんが割り込んでくる。そのカフェオレに入った氷も、少しだけ小さくなっていたみたい。
 
 「じゃあ私の演奏はちゃんと聞こえてたのね・・・」
 「うん、港の方から音がしてたの、はっきり覚えてるよ・・・」
 彼を家に連れてきたものの、バイオリンを弾くより先に思い出話が始まってしまう。
 「そう・・・それなら少しは甲斐があったわね。私、外で演奏したのなんて未だにあの時だけなのよ?・・・もちろん裸足で演奏したのもね・・・」
 忘れるはずもない、足元以外はコンクールの衣装のままで、彼を見送りに走ったのを・・・。
 「晶、裸足だったんだ・・・。ごめん、そうまでして僕に・・・」
 「いいのよ・・・」
 また会いに来てくれたから・・・なんて言えそうにない。
 「私がしたことなんだから。さっきも言ったけれど、後悔はしてないわよ」
 「そっか・・・。でも、本当にきれいな演奏だったな・・・。うまく言えないけど、なんだか聴いてて安心できたんだ。また晶のあんな演奏が聴いてみたいな・・・」
 「・・・それは・・・」
 私が一番よく分かっていたことだった。あの時ほど強く、自分の出した音色が美しいと思ったことはない。そしてあの時ほど強く、美しい音色を出したいと思ったことはない・・・。そんな演奏ができたのは、やっぱり彼のために・・・彼のことが・・・
 「晶?」
 「えっ・・・」
 顔を上げると彼と目が合っていた。
 「どうしたの?僕、何か悪いこと言っちゃったかな・・・」
 「べ、別に・・・」
 「・・・あっ、僕が言わなくても、晶は秋の大会に向けて練習してるんだよね・・・。ごめん、言い直すよ。今度は、あの時よりもいい演奏が聴きたい・・・」
 「あの時より・・・」
 その言葉に、一度そらした視線を彼に向け直す。
 「うん。僕は大会の順位とかは、あまり気にしないでほしいんだ。それよりも晶の中で、今までで一番の演奏をしてほしいなって・・・言いすぎかな・・・」
 「そうね・・・」
 確かにとんでもない注文かもしれない。
 「でも言いすぎるくらいでちょうどいいってこともあるのよ?特にあなたの場合はね・・・」
 私はそんな台詞を捨てて弓を取った。いつもとは違う、本当のやる気が湧いてきたのを隠そうとも思わない。彼に目配せをしてから、気持ちを束ねて自分だけの世界に入る。もはや楽器が楽器とも感じられない・・・それくらいに集中したところで、私はそっと弾き始めた。
 あの時の演奏にかなうかどうかは分からないけれど・・・少なくとも私はそんな演奏をしたいと感じていた。うまくいかなかったはずの穏やかな部分も、気付かないうちに通り過ぎていく。その響きに私自身の心がすっきりと洗われていった・・・。
 「・・・どうかしら。この間よりはずっとましよね・・・」
 「うん・・・なんていうか、優しい感じだった・・・。やっぱり晶の演奏は聴いてると落ち着くよ・・・」
 彼もじっくり聴き入ってくれたみたい。
 「そう・・・でもまだまだこれからよ、大会ではもっといいのを聴いてもらうわよ?」
 私は改めてそう約束した。
 「わかった、それまで楽しみにしてるよ・・・。大会には絶対行けるようにしておくから。でもあんまり練習ばっかりしすぎてもだめだよ?」
 「大丈夫よ、あなたこそ無理しないでよ?忙しいみたいだから・・・」
 「うん・・・実は理由があるんだ。僕・・・」
 「いいわ、言わないで・・・大体分かるわよ・・・」
 話しづらそうにする彼を止める。
 「で、でも・・・」
 「私はたまにあなたに会えたら、それだけで十分よ・・・。こう言ったらいいかしら?」
 「晶・・・」
 「さあ、久々にレッスンしてほしいんでしょう?ほら・・・」
 私は照れ隠しに彼にバイオリンを押し付ける。まったく喜んだり怒ったり恥じらったり、彼といると大変・・・。今日のアイスティーもまた、ただの薄いティーになってしまっていた。
 
( fin. )
 
 
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 う〜ん、晶ってこんな感じでいいんでしょうか(^^; 原作にほとんど書かれていないだけに一人称はなかなか難しいです。それをなんとかするのが楽しかったりもしますけどね。
 今回は叔父さんマスターがなかなかの活躍でした。次回(晶の次回)はもう一人重要な人物が登場する予感。やはり脇役を大事にしていきたいです。



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